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【霧島市】保育園民営化を通して見えたもの

「秋丸は異動して来て、おいせえ『課長は本気で民営化をするつもりがあるんですか?』ち言った。」


当時の上司のHさんが、私を人に紹介するときに、10年経った今でも使うフレーズです。
「おぜ(凄い・怖い)奴が来たと思った。私が『ある』と答えたら、「じゃあ、やります」と言って、あとは全部せっくれた。」

 合併前からの課題であった市立保育園の民営化。合併時にも課題として挙げられながら、5年余り過ぎてもほぼ手つかずでした。
当時、市立の保育園は12園あり、早く民営化に着手すべきと考え、異動してきた年に、私は上記の言葉で当時の上司に確認を取りました。

 そもそも民営化については、小泉内閣時代の三位一体改革の「民間でできることは民間へ」という流れに沿って、市立保育園の運営費に対する国と県からの補助金が廃止され地方交付税措置となりました。
 私立保育園であれば運営費の4分の3は国と県が負担してくれるため、市の負担は4分の1で済むのに対し、市立保育園は全額市の負担となりました。
(形式上は地方交付税として交付するとされていましたが、今まで受けていた補助からすると大幅な減収が見込まれました。)
 施設整備補助金についても同様に見直され、改正前は4分の1が市の負担でしたが、全額市の負担となり、こちらは交付税措置されることもありませんでした。

 つまり、老朽化した保育園の建て替えのハードルが上がり、なおかつ毎年の運営費も自己負担がかさむ。「民間でできることは民間へ」という方向性が明確に打ち出されました。

 さて、上司のGOを貰った私は、まず、他の自治体で行われた保育園民営化の資料をインターネットでとにかく漁りプリントアウトして、厚さ10センチ分くらい集めました。
 資料を読み込むのと並行し、保育関係者を集めた検討委員会を設置し、市立保育園の現状視察、保護者のアンケートを取り、最終的に検討委員会からの提言書として取りまとめました。その流れのまま翌年度7月に民営化計画を作成し、保護者説明会、公募、選考、民営化実施という流れを組み立て、進めていきました。

「民営化」というと、ポジティブなイメージを持つ方とネガティブなイメージを持つ方の両方の立場に分かれている感覚があったため、積極的に情報開示すべきと考え、その一環として民営化後の保護者アンケートを園内及びホームページで開示することとしました。
アンケートの公開については、上の方で難色を示されましたが、直属の上司の理解と協力を得て、無事公開することとなり、その流れのまま、現在でも公開されています。

https://www.city-kirishima.jp/hoken-seisaku/kosodate/kosodate/hoikuen-02/hoikuen/mineka.html

(私は東国分保育園まで担当しました)

 この民営化の事務の過程の中で感じたのは「もっと早く民営化するべきだった」ということでした。
 園舎は古いまま。
 ほとんどの私立保育園では完全給食なのに、市立では完全給食ではなく、お米を持ってこないといけない。
 保育士の正規職員採用は無く、4分の3が非正規職員。
 また、保育士ではない事務職が園長に就き、保育を理解した頃には別の園長が来る。そういう時代が続いていたため、現場が何かをチャレンジする意欲・機会がだんだん削がれていった、そう感じました。

 民営化に関する組合への説明会で「市立保育園の良さってなんですか?」と尋ね、一番目に「安心」という返事が返ってきました。
 私は「もし、市立でないとできない、こういう保育をしたいというものがあれば、教えてください。そういうものがあれば、民営化の計画は変える努力をします。それは約束します」と伝えました。しかし、私が担当している間にそれが出てくることはありませんでした。
  
 民営化を担当していた時期は自分の息子が保育園に通い始めた時期であり、また、社会福祉法人の業務が鹿児島県から霧島市に移されて、保育園に指導監査で回っていた時期とも重なり、保育現場で色々なことを見聞きしました。私立の園は、独自の保育のカラーを出しており、知育や礼儀作法を重視する園、原っぱなど自然環境での体験を重視する園、手を合わせる・感謝する等の徳育を大事にする園、外国の保育を学び実践しようとする園、農作物を自分で育てるなど食育に取り組む園等々、こんなに違うものか、と驚きました。

 民営化を担当するまでは、単に「共働きの親の子供を預かるための場」、そう思っていました。
 しかし、今は(いや、ずいぶん前から)保育とは、核家族化や地域との関わりの減少により親以外の大人との関わりが、きょうだいの減少により異年齢の子供同士の関わりが、共働きの家庭環境など社会環境の変化により日常生活以外の体験が、それぞれ失われていく機会を補う、社会性を身につける場であり、と同時に、さまざまな体験・気づきの場でした。
 同じようなことは、児童クラブにも言えます。(児童クラブは現代の郷中教育の場となりうる可能性があると思っています)

 また、発達障害やその疑いのこどもたちをどのように導いて行くか、就学前の時期の関わりが重要です。日頃の発育発達を見守る場でもあります。
 そのような大事な保育を支えている保育士は、労働環境や待遇が以前よりは良くなったと言われますが、離職率の高さにより人材不足が常態化しています。保育士が確保できなければ、保育園での受け入れができず、働けなくなる親が増え、必然的に社会全体の労働力は減少します。(似たような状況は学童保育や介護の現場でもあります。)
 保育園の待機児童について、令和2年4月時点ではゼロ。潜在的待機児童が156人との答弁が3月市議会でありました。潜在的待機児童とは保育園に入所できなかった児童のうち、特定の保育園の利用を希望した等です。(この数字の出し方に関しては、在職中から疑問を呈していました)市立保育園の民営化は進みましたが、教育委員会が担当する市立幼稚園の民営化は進んでいません。保育・教育環境の整備はもっとできることがあります。

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